遠眼鏡屋2

賢者の石を求める(1)

3月8日のエントリで松村嘉浩著「なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?ーー数千年に一度の経済と歴史の話」の簡略版を紹介する際、言い切リすぎの感ありとの印象を書いた。いま読むと悪口を書いたようで気持ちが悪いので、もう少し敷衍(フエン)してみたい。

まず、著者は、現代の不安の原因をこうまとめる。人口減少など今までに無かったような重苦しい現象が次々と起きる現代は全く新しい時代であるにもかかわらず、人々は従来どおりのやり方で対処しようとしている。人々の中心にいるのは高齢者(=既得権益者)だと。

新しい時代を際立たせるのは、人口の減少のほかに、科学技術(中心はデジタル革命)の進歩が人々を幸せにするどころか不幸の種になってきたこと、この世の経済活動(=資本主義)の駆動エンジンであった社会の需要が飽和状態に達したことであると著者はいう。

この需要の飽和については、管理人などは、先進国の需要に大きな期待はできないにしても、あとに続く中進国・発展途上国にはこれから巨大な需要が発生するはずだ、と考えているが、著者は先手を打ってこう言う。ウォーラステインの世界システム論にあるように、BRICsなどの中進国や発展途上国は近代史の道程で先進覇権国群の発展成長を支える一つの要素(=賢者の石)になるよう低開発化されているから、急に成長のエンジンに変わるのは困難だと。

要するに賢者の石を使い果たしたのが、今の資本主義の到達点であるというのである。勿論以上の話は著書の前半でしかなく、後半において著者が何らかの解決の緒(イトグチ)を呈示してくれると予想しているが、まだ本自体を読んでいないので、何ともわからない。

そこで、こういう大きな物語の好きな管理人としては、たとえ無手勝つ流であろうとも、あらたな賢者の石を求めて思索してみたいのである。