遠眼鏡屋2

日本代表のサッカーWカップが終わった 走力の差が大きかった

Jリーグの試合はあまり見ない管理人だが、Wカップの日本戦は大体みた、いや人並みに応援もした。上位ランクの国ばかりのグループで、予選突破は難しいのではと思っていたが、思いのほかの惨敗であったようだ。ともかく、ザッケローニ監督はじめ、選手および関係者の健闘を称えたい。

さて、ネット上には敗因やその背景などいろいろ解説が見られる。その中でも面白かったのは、次の三つであった。
W杯 コロンビア戦(評価)
日本代表は、技術や戦術を語る以前の段階で負けていた
最後は金目だったザッケローニ - 本田圭佑が腐らせたサッカー日本代表

三番目の社会科学的な解説は一方的な断定も含んでいて、話半分に読むのがよいと思う。しかし、何事にも複雑な背景はあるわけで、われわれ一般人もただ熱狂するでけでなく、イベントの総体を楽しむ余裕をもちたいものである。

一番目と二番目には大いにうなづかせられた。ただ、何か隔靴掻痒の感がのこる。走力への言及がほとんど無いことだ。身体能力とよんだのでは、生まれながらの体力差を是認することにもなりかねない。

球をドリブルしながら攻め上る相手選手のスピードに日本選手が追いつけないケースが多かった。しかたなく体を投げ出して、阻止しようとしたら、足は球に届かず、相手の足を引っ掛けるだけとなって、ペナルティキックを与えるはめになる。また相手ゴール前で絶好の位置にいながら、プレスの早さに焦ってやや早めのストライクを余儀なくされる。当然球はバーの1,2メートル上を通過する。何度も見た光景である。

球を扱う技術や駆け引きではそんなに見劣りしないのだが、40メートルの猛ダッシュとなると、歴然と差が出る。少々球の扱いは下手でも、鋭い走力はそれをカバーする。
持久力と瞬発力の訓練は実は選手にとり一番苦しく、厄介なものだと思うが、練習効果の大きな分野でもある。体格に劣る日本選手の活路として再認識されるべきではないか。いまはそんな風に思っている。