遠眼鏡屋2

日本語脳、英語脳

中途半端なグローバル教育に煽られて幼年期に英語を教えるよりも、しっかりとした「日本語脳」を育てるべきだ

久しぶりに「日本語脳」という言葉を目にした。いっとき(多分20年ほど前に)この言葉は「英語脳」や、「左脳」「右脳」などとともによく使われた。当時でも左脳・右脳というのは俗語でしかないと云われていたが、この英語脳・日本語脳というのは特に英語教育関係者の間で長く是認されていたと記憶する。しかし時間が経つにつれ、言語を司る大脳の部位は言語ごとに異なるのではなく、概ね同一の場所であることが知られるようになって、だんだん使われなくなったと思う。
ところが上記記事によると、日本語脳の存在を証拠だてていた「角田理論」が再度登場し、その正しさを証明する論文が世界的な科学雑誌に掲載されるという。楽しみに待つとしよう。
ただし、管理人は経験上、大脳生理学の教科書には英語脳は無い の立場に共感を持って今に至っている。ともかく、何によらず科学的な知見が深まっていくのは歓迎すべきことだ。

もっとも冒頭記事の著者は別に大脳生理学の話をしたいわけでなく、近時の幼年時の英語教育の方向に危惧の念を抱いておられるとも読み取れる。幼いときはまず日本語に習熟すべきだという考えに異論はない。問題は幼年時英語教育が「日本語脳」の成立を阻害する危険性があるかどうかであろう。

その点管理人は、あまり心配はないと考えている。「日本語脳」に相当する言語構造理解は意外に早く三歳児あたりで完成すると読んだことがある。また、教育すべき英語には、交流のための英語と学科としての英語の二つがあって、この交流英語の力点はオーラル英語にあると思う。歌や遊戯のなかで日本語にない発声を経験するのは良いことであろう。むしろ心配は、中学からの学科英語の開始時期を小学4年程度まで早めたいとの意向があるやに聞いていることだ。

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