遠眼鏡屋2

これを天才と呼びたい

将棋界に大変な天才的少年が現れた。14歳、中学生、プロデビュー半年にして、28連勝というから、従来の感覚では天才出現と表現したいところではある。ところが今将棋界には、彼以外にも20代、10代を中心に大変に強い棋士があいついで誕生していて、いわゆる羽生世代の支配を脅(おびやか)しはじめたと、昨晩のTBSラジオの番組が紹介していた。

一方5月にはこんなニュースもあった。最後の「電王戦」、将棋ソフトの勝利で幕 佐藤名人は雪辱ならず

プロ棋士が研究のためコンピュータのソフトウェアをますます利用するようになったと聞いているが、当然若手世代ほどその傾向は強いであろう。こうした人工知能はプロにとって大変な助っ人であり、教師でもあるわけだ。

ここで人工知能の推論方式である深層学習を調べてみる。
深層学習(ディープラーニング)を素人向けに解説(前編)―基礎となるニューラルネットワークについて

なるほど人間臭い推論を行っているらしい。となると推論演算に非常に長けた天才が人工知能と同様の思考経路をたどる、さらには一歩先んじた思考を行うことは十分ありうるのではないか。わが藤井少年はその第一号なのではないかと想像している。そして第二号、第三号の若手が誕生するのも時間の問題のような気がする。

これからの天才棋士は孤高の独走をするのではなく、強力な伴走者人工知能を従えて、常に一歩先を行く、そんな図を描いている。これを天才と呼びたいのだが、さてどうであろう。

linuxコマンド lftpの使い方(メモ)

lftp -c "
open -u (ユーザーID),(同パスワード) (FTPホスト**)
cd /xxxxx
put /home/(ユーザー)/yyyyy/(個別ファイル)
close
"
echo "Upload done!"

  **例 ftp://zzzzz.zzzzz.zzz.jp

新しい教育方法の適用について

前稿のテーマについてさらに書いてみたい。
一般に教育を論じるのは難しいといわれるが、対象世代と対象分野を限定して考えるなら、大きな蹉跌は来たさないと考える。約20年ほど前、おおいに話題になった「ゆとり教育」にしても、受験対策中心の詰め込み教育をやめ、生き抜く力、考えぬく力を育てたいとの動機は良かった。ただ惜しむらくは対象を小学・中学生に絞って考えたのが良くなかった。以前書いたことなので、これ以上述べないが、対象世代と対象分野という視角を忘れないようにしたい。

さて、問題は新しい教育の方法論についてである。反転授業やブレンディッド学習はアメリカから始まったようだ。情報通信技術の先進国のアメリカらしい速い動きであるが、従来の教授法に欠点があるというよりは、高等教育需要の高まりと教育費の高騰への対策が求められる中、ICT(Information Communication Technology)有効活用の一環として考案・唱導されてきた面が大きいと思われる。この点日本においては、教育需要や教育費の動向に変化があるとしても、アメリカほど急激ではないわけで、関係者の取り組みも差し迫ったものでなく、実験・実証の段階という趣きが感じられる。
 参考:MOOCsの効用...Blended Learning(1)

しかし、前回触れたように、大学その他の研究機能に停滞現象が見られるに至ったとなると、事態は急を要すると言わざるを得ない。大学等の抱える人材についても教育部門から研究部門への重点配分が必要となろう。弱体となる教育部門を補強する意味からも、新しい教育法の適用が実際問題になる日は近いのではないか。

そしてさらに書くならば、そのオンライン授業のシステム・中身に関して、大幅な進化を実現してもらいたい。すなわち、現行の動画(おそらく講義教室を撮影し、使用資料を近撮したもの)の云わば垂れ流しなんぞでなく、教材を対面・対話型システムに構築し、学生の応答状況や思考過程を逐一個人データベースに記録・保存し、後の教室での対面授業時に資料として活用できるような形になることを管理人としては期待している。どうせICTを使うなら、そこまで活用しなさいということである。

反転授業やブレンディッド学習といった新教育方法は大学教育にこそ向いているのではないか

我が国の科学研究が失速していると外国から指摘されたそうだ。
日本の科学研究は「失速」- 英科学誌
日本の科学研究はなぜ大失速したか 〜今や先進国で最低の論文競争力

科学と技術とは資源の少ない日本の生命線とも言われていたから、先行き心配なことだ。要するに国が大学などに振り向ける予算が横ばいのまま20何年を経てきたことが原因のようだ。国全体の経済がようやく水面に顔を出したばかりの現在、科学技術予算ばかりが急拡大というわけにいかにはいかないであろうから、根本的な制度改定などが必要で、ときどき聞こえてくる大学制度の大幅見直しの動きもそうした対応策の一つであったのだろう。

折から反転授業だとかブレンディッド・ラーニングという新しい教育手法が世間の耳目を集めているらしい。
反転授業をするまで気づかなかった、「先生・効率・予習」より大切なこと

トップ > 一気読みした!『ブレンディッド・ラーニングの衝撃』

反転授業は従来の対面授業と宿題の位置を反対にして基礎知識の習得は個別学習で行い、対面授業では知識獲得の確認と応用研究を行うという。またブレンディッド・ラーニング(blended learning)は反転授業より広く、学習者の裁量を重視した教育方法のようだ。要するに「学びの個人化」とのことだ。どちらもパソコンなど情報通信機器の活用を前提としている。

予算制限と生産性の高い教育という観点からはなかなか魅力的に見えるが、論者たちの関心は純粋に教育手段の新基軸の普及にあるようで、どちらかというと高等教育ではなく、初等中等教育を想い描いていると見える。しかし、素人の管理人には、人間として情緒精神も定まらない小学生・中学生の教育現場ではなく、大人になった高校生や大学生を対象にするならばこうした無機質な教授法は弊害少なく、相当の成果をあげるように思われる。

パラグラフ読書の試み

まず、これを読んでいただきたい。
パラグラフの重要性とその書き方

パラグラフに相当する日本語がない。似たものに段落があるが、こちらは複数の文が長くなったときの「マル改行」のことである。パラグラフは段落で区切られるひとまとまりの文章のことだ。

歳のせいか、この頃長い論説などを読んでいるうちに著者の論旨を見失うことが増えた。こんな場合、段落ごとのまとまりに注目して論旨を追いかけると著者に追いつけることが多い。仮にこれをパラグラフ読書と命名するとすれば、PCでの読書は断然パラグラフ読書に向いているのではないかと気がついた。

要するにパラグラフ単位で画面に表示し、進んだり、戻ったり、さらには遠くのパラグラフに飛んだりできるソフトウエアを自作すれば良いわけだ。HTML + CSS + Javascript の勉強をかねて試作品を作ってみた。とりあえず外部のサーバーにアップロードした(もちろん手元のPCの手頃なフォルダーに置いてもウェブブラウザーから読書できる)。サンプルの文は、和辻哲郎の「漱石の人物」である。青空文庫から借用した。

アップロード先

(170606追記)
作成した小プログラムのソースは上記アップロード先から入手できるが、念のため一覧テキストファイルにして上げておく。
http://dangoiwk10.webcrow.jp/Watuji/prgrphreader.txt